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インターネットニュースのヘッドラインに「チャリTシャツをお披露目」という見出しが出ていたので、サイクリング用のTシャツでもできたのかと興味を持って見てみると、「24時間テレビ」のチャリティTシャツのデザインが決まったというニュースだった。

 

日本テレビ系で毎年放送されている「24時間テレビ」は、愛は地球をを救うをテーマに募金活動を行い、タレントのマラソンが恒例となっている。2018年はANZEN漫才のみやぞんさんがランナーに選ばれ、番組終了までにゴールできるように東京・日本武道館を目指す。過去のランナーの実績から100km前後走っているようです。

己の体力の限界を超え24時間走り続けるという映像は視聴者に感動を与え、人気商売とはいえチャリティで走るタレントさんは実にすばらしなと感心します。

 

 

自転車で24時間走るとどこまでいける?

テレビ番組やチャリティではありませんが、数年前からインターネットなどを中心に「東京-大阪」間を24時間以内に走破する「キャノンボール」と呼ばれる無謀な挑戦が繰り広げられ、これまで20人ほど達成者がいるようです。

東京-大阪間は550kmあり、24時間以内となると体力だけでなく平均時速20km以上で走行する速さや経験も要求されます。走行ルートや食事などは走行する本人が決め、信号や夜間灯などの交通ルールをしっかり守り走らなければなりません。もちろん電車や自動車の利用、電動アシスト自転車は不可です。

掲示板サイト「2ちゃんねる」に2006年に投稿されたのをきっかけに挑戦者は増加、「キャノンボール」という名称はその投稿の中で触れられた1981年公開の米国のロードムービーに由来しているようです。GPSや自転車機材の進化、または挑戦者達による研究で、成功しやすくなっているといわれていますが、入念に下調べをして試走しなければ、ほとんど時間内に完走できないというのは言うまでもありません。

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▲「キャノンボール」(1981年 米)は自動車の大陸横断レースをモチーフにした作品

 

 

| 最初に東京~大阪を24時間以内で走ったのは誰なのか?

研究サイトには体験談やアドバイスなども多く紹介されています。そして、「2ちゃんねる」に投稿される以前から、東京~大阪間の長距離タイムトライアルが存在していたことも詳述されています。記事によると元・自転車競技者で、サイクルショップ経営の藤田照夫さんという方がそのパイオニアあり以下のような記録となっている様です。

 

1969年「大阪→東京」にチャレンジ 23時間40分で完走、
1970年「東京→大阪」にチャレンジ 23時間07分で完走。

 

当時の自転車雑誌「ニューサイクリング」1970年6月号は、藤田さんの2回目の挑戦に伴走し、詳細に記録を残しています。

皇居前を正午にスタート、あろうことか天候は雨。浜松までの12時間、雨の中を走行。激しい降雨やドロヨケの着脱など合計1時間以上の足止めを余儀なくされたにも関わらず、前回の挑戦より大幅な時間の短縮に成功し、翌月の同誌の表紙となっています。

 

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▲「ニュー サイクリング」1970年6月号の表紙の写真

 

 

1969年「大阪→東京」の初回チャレンジについては記載はありませんでしたが、4月号に読者からの質問コーナーに連続公道記録に関する質問で興味深い回答があります。

 

Q.日本の公道を一日中走った記録を教えてください

 

お答え. 昭和34(1959)年頃、京都の荒川博之氏が「東京→守口」まで23時間56分で走っています。距離は約570km位だったと思われます。その後、昭和39(1964)年の末に東京の松坂好雄氏がこれに挑戦して22時間43分で走っています。

 

初の達成者とされている藤田さんは「ニューサイクリング」の記事で、守口で2度目のパンクで修理をしていて、ペースとしては1964年の松坂さんのタイムはこの時点で同ペースだったようです。年代が変わると道路の舗装状況や交通事情がかなり違ってきますので数字だけで比較するのは難しいでしょうが、当時「キャノンボール」という概念があれば、守口は大阪市に隣接する都市ですので、おそらく両氏とも達成していたことでしょう。

初心者の方は無理をせずまずは80km程度目標にして、徐々に距離を伸ばしていってください。