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少し前のインターネットのニュースで奈良県営競輪の売り上げが急増しているという記事が取り上げられていたので、実態を確認すべく奈良競輪場に行ってみました。

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奈良競輪場は大阪市内から近鉄電車でおよそ1時間、平城宮のある平城駅で下車して、徒歩10分ほどの場所にあります。

 

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古都として繁栄した一帯には、古墳や寺院と昔ながらの田園風景が広がっています。競輪場以外には高層の建造物はあまりなく、電車の車窓からも、競輪場が確認できますので、迷うことなくたどり着けます。

 

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奈良競輪場は県営施設です。関西では奈良の他に和歌山が県営で、京都向日町競輪場が府営となっています。以前の投稿で、大阪府の公営競技場が知事の意向により全廃された鳴尾事件について投稿しましたが、兵庫・滋賀県も老朽化や収益性などを理由に平成期に廃止されました。全国に60以上あった施設も現在では42施設となり、統括するJKAはこの体制を堅持する意向を強く示しています。

 

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バンクは直線の短い333m、1950年に開設のようです。70年経つとさすがに建物の老朽化が目立ち、走路も亀裂を補修したような跡が残っています。施設は古いのですが、ナイター設備があり、この日も夜の20時半まで競走が行われるようでした。

 

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毎日新聞の記事によると、奈良競輪の車券販売金は2019年度が約131億円、20年度はその1.4倍となる187億円となる見込みだそうです。そんなに好調なら観客席には多くのファンがいるのだろうと普通は思いますが、暖かな日和にも関わらず、観客席はガラガラです。なんと見渡す限りの空席。出入り自由なので正確な観戦者数は分かりませんが、多く見ても50人もいないのではないでしょうか。

 

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売上急増なのにこの散々な有様は、一体どういうことなのでしょうか。

競輪の車券の売上げは5年程前に底を打ち、その後、女子競輪の復活などで人気が回復してきています。一方で、競輪場の入場者は、減少に歯止めがかからなくなっている現状があります。

パチンコやカジノなどと異なり競輪を含む公営競技はインターネットによる投票が合法化されています。ファンは競輪場に行くことなく自宅にいながら、スマホやパソコンで投票し、競走を配信動画で見ることができるのです。

県の担当者も毎日の取材に対し 「コロナ禍の『巣ごもり需要』が影響したと考えている。自宅で楽しめるため、ネットでの発売が大きく増えたのではないか」とネット投票が売上急増の原因だとしています。

 

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(出典: 経済産業省 競輪関連データ)

 

競輪場に行かなくても、車券が購入できる―
コロナやインターネット投票の普及は確かにファンの競輪場離れの要因になっているのかもしれません。

しかし、私はそれ以上に施設自体に問題があるのではないかと思っています。

 

深刻な競輪場の老朽化問題

この奈良競輪場も老朽化が激しく、ビニールシートがかけられていたり規制線が張られていて立入ができないエリアが結構あります。公共施設にもかかわらず、車いす用エレベーターや外国語案内も一切ないどころか、ほとんどの建物が耐震強度を満たしておらず閉鎖されていて、中には今にも崩れてきそうなものもありました。

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競走開催日なのに場内にある休憩場や飲食店もほとんど閉まっていて、野球場やサッカーのスタジアムとは全く違う場末感が漂っています。廃屋化してもうなんだかわかんないオンボロの建物があったり、管理ができないのか街路樹は伐採され、地面のアスファルトも継ぎはぎだらけでボコボコで、本当にここが21世紀の日本なのか疑いたくなるほどです。繰り返しになりますが県運営の公共施設です。

 

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さらに、みなさんに知っていただきたいのは、こういう状況は奈良競輪だけでなく、他の競輪場も大差なく、奈良はむしろ08年にはアジア大会も開催されたり、これでも報道の通り好調な施設なのです。全国のほとんどの競輪場は開場から半世紀を超過し、過渡期を迎え、各地で存廃の議論がなされ始めているのです。
車券の売上げが好調なのにJKAが、体制を現状維持に留めているのも、このような背景があるからなのです。

では、競輪場はこのままオワコン化してしまうのでしょうか。

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注目される国際規格の新しい千葉競輪場

千葉市が運営している千葉競輪場も開場から70年が経過し、廃止が検討されていました。千葉県にはもう一つ松戸市が運営する松戸競輪場があるだけでなく、県内に競馬場も2施設抱えています。

なんとか改修し、存続を希望する競輪関係者に対し、千葉市市長は驚きのプランを提示します。

 

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画像:千葉市のホームページより

 

現状の老朽化したバンクを解体し、建設費70億をかけて国際規格の屋根付きバンクを千葉公園内に建設するとしたのです。

市長は自身のSNSで「国際規格での競輪実施は千葉市のみならず日本にとって大きな挑戦です。」とし、市民が誇れる場所にすると意気込み、計画では250mの板張りトラックに客席も3000席設ける設計になっているようです。

関係者も仰天したこのプランを先導した市長こそが、先日、森田知事の後を受け千葉知事に当選した熊谷俊人氏なのです。

私は千葉市のことはあまり詳しくありませんが千葉公園というのは千葉市の中心にある大きな公園なので、大阪でいうなら天王寺公園か中之島公園に相当するような公園なのでしょうか。大阪人の私からするとそんな場所に競輪場があるのが少し驚きなのですが、特に熊谷氏は、これらを含む公園管理の実績を高く評価され、他の候補に100万票以上の差をつけての圧勝となったのです。

 

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写真:千葉市のホームページより

 

さらに、千葉市は同施設で「250ケイリン」(仮称)という新ルールの競輪を年内中に実施するとしています。この競技がどれほど盛り上がるかは分かりませんが、JKAは「今までとは違うスポーツエンターテイメント色の強い演出」の競輪を実施するとしています。

私はこの「250ケイリン」が今後の競輪場運営に大きな影響を与えるではないかと考えています。

同競技が成功すれば、存廃議論中の他の老朽施設も新規格の競技場にドミノ倒しの様に変わり、一気に競輪のイメージが変わり、新しいファンの獲得ができるのではないかと考えています。

 

夢のような話をしましたが、最後に奈良競輪場に話を戻したいと思います。

同施設は千葉市と異なり見渡す限り水田が広がる場所に所在しています。奈良県民であっても、通りすがりに行けるような場所ではありません。しかし、観光資源として平城宮を始め寺院や古墳が点在しています。私は、この奈良競輪場を広島・尾道市「Onomichi U2」のように、地域観光の拠点として再活用してはどうかと考えます。

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施設改修のお手本「Onomichi U2」

今、国内の観光業において「サイクルツーリズム」という言葉がキーワードとなっています。

国土交通省が後押しをする自転車を活かした観光スタイルなのですが、私の知る限りこの言葉が使われ出したのは2010年代中頃とそう古い言葉ではなく、日本独自の和製英語ではないのかと思っています。仏語由来の「シクロツーリズム」と混同されることがあるかもしれませんが、「サイクルツーリズム」は地域振興といった意味を含蓄した全く違う新語で、いつの間にやら自転車雑誌などでも多く目にするようになってきたと感じています。

この言葉の普及にも一役買ったのが、この広島・尾道市「Onomichi U2」です。

 

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2014年開業の同施設は、使用されなくなった海沿いの県営倉庫をリノベーションした施設で、道の駅の様な地域物産・飲食店と宿泊施設がある複合施設です。普通の道の駅と異なるのは「スポーツ自転車」をコンセプトとしていて、運営は民間に委託しているようでした。

私は2016年に宿泊したのですが、行ってみて本当に驚きました。

施設がかつて倉庫であったことを思わせる部分は残りながらも「禅」のような日本的で落ち着いたおしゃれな異空間が館内に広がっていたのです。

 

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温泉もない、仲居さんもいない、過度なサービスもない、窓もない閉鎖された宿泊部屋。それでも宿泊して不満に感じないのは、芸術的な内装やライティングなどのコンセプトが総合的に考え抜かれた施設だからなのだと思います。

尾道は階段の町として知られ決して、自転車の乗りやすい場所ではありませんでした。「Onomichi U2」開業以来、四国と尾道を結ぶ一般道「しまなみ海道」はサイクリストから聖地化され、多くの観光客で連日賑わい、成功事例として全国に同じようなコンセプトを掲げた施設も後を追うように開業しています。

 

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私は奈良県が千葉市や尾道市に劣っていると言いたいのではありません。
千葉には千葉の良さがあり、奈良には奈良の良さがあり、尾道を真似ても同じように成功する訳ではないということは分かっています。

競輪が公営競技の王者だった時代は遠く昔のことであり、施設の老朽化などによりイメージも良いものではなくなってきています。公営賭博に反対する意見もありますが、ギャンブルのない先進国はというのはありません。

全国にパチンコ店は10000施設あります。それと比べると競輪場というのはまだまだ発展の余地があり、千葉競輪場の「250ケイリン」はその一端ではないかと、そう私は考えます。