2026年4月より自転車の交通違反が厳格化され原付同様に青切符が渡され罰則金が課せられるようになります。自転車事故は2004年の18万8千件をピークに、現在は年間7千件を下回る発生件数となっていて、減少傾向にあります。事故が大幅に減少しているにもかかわらず、自転車が「安全な乗り物」であると認知されずに厳罰化される背景には様々な要因が考えられますが、そのひとつに私はマスコミの報道姿勢による自転車のイメージ低下があるのではないかと考えています。

 


自転車事故件数の推移 内閣府ホームページより

 

自転車は戦後に一般家庭に普及、1970年頃からママチャリと呼ばれる子育て女性をターゲットにした廉価車がスーパーマーケットなどで多売されると庶民の足となり広く利用されるようになりました。また、文部省主導で子供に自転車がスポーツとして推奨されるとジュニアスポーツ車も普及、国内では昭和・平成と自転車は女・子供の乗り物として親しまれ、普及率は50%を越え欧米各国を上回っています。

さらに1997年の京都議定書をきっかけに環境にやさしい自転車が世界的に再評価、2005年には健康基準「メタボリックシンドローム」を策定されると男性やシニアもサイクリングを嗜好するなど自転車に注目が集まるようになりました。しかしこのようなブームに水を差したのが、毎日新聞の連載「銀輪の死角」です。

 


毎日新聞の自転車ネガティブキャンペーン「銀輪の死角」 毎日新聞 2010年8月21日

 

 

毎日新聞「銀輪の死角」は、タイトルの通り自転車を社会悪みなした連載で2010年8月から14年までの3年間あまり、ほぼ毎月不定期で社会面に掲載されました。きっかけは2010年8月21日一面、2007~09年に発生した自転車と歩行者の事故で自転車側に高額賠償を命じた4つの判決で、うちに2件は歩行者が死亡しており、補足として社会面に遺族の悲しみや加害者の代償を弁護士や専門家の意見を交えて「銀輪の死角」と題して執筆、主筆したのは2004年に入社した馬場直子記者、09年から東京本社社会部に配属された早稲田大教育学部卒の女性記者です。

 

「自転車について何も知らない素人だった」(サイクルスポーツ 2013.02.10配信)

 

連載当初は表層的な自転車事故の記事が中心で「加害者側の資質」に警鐘をならし、刑事裁判の謝罪文を「裁判対策だ」と怒りを増幅させて、取材に応じない加害者男性を一方的な過失があり「混乱必至」と見出しをだして執拗に身辺を洗いました。しかし、馬場記者は同時に加害者の重すぎる代償や制度の不備を指摘、深い悲しみと失望感に問題意識が高まっていきました。

 


▲都市政策と自転車交通の関連を指摘する馬場直子記者 2013年8月8日

 

イメージとして自転車事故は乱暴な走行や違反運転などのルールを守らない無謀な者が起こしているよう思ってしまいますが、実際はこのような事故は例外中の例外の妄想で、本質的な状況は可視化されてきませんでした。同紙においても野球でも政治でも専門知識や裏事情に精通したバンキシャがいるのに対して、担当の馬場記者は専門知識を有していた訳はありません。したがって、取材方法や取材先が行き当たりばったりで「死角」の核心に迫れず、論旨が見えず「走る凶器」「銀輪の威嚇、毎朝」「どけどけと言わんばかり」といった読者感情にマイナスイメージを植え付けるフレーズが目立ちます。

 


読売新聞の連載「きょうから健康サイクリング」1999年1月26日夕刊

 

前述の通り自転車は昭和期に急増し「交通戦争」や「銀輪公害」などと言われ、放置自転車や自転車盗難などを含めて社会問題となっていましたが様々な対策を打ち、定量的には改善をみせ、共生しています。1998年4月から読売新聞夕刊で連載された「きょうから健康サイクリング」では、関西のサイクリング情報や自転車情報をサイクリストや自転車技士の的確な意見を交えて紹介、また2008年に創刊されたフリーペーパー「季刊紙サイクル」は自転車を楽しむことをテーマにした無料タブロイド紙でともに自転車の健全利用を前提に有益な情報を提供していて、読み比べると毎日の論調がいかに一方的で歪曲した立ち位置であるかが分かります。

 

「自転車との共生社会を真剣に展望すべきだ」
「街づくりの視点を持たないと対症療法で終わる」

 

取材を進めていくにつれて馬場記者の矛先は事故加害者から無策な自治体に移り、2014年には岩波ブックレットから「自転車に冷たい国、ニッポン」という小冊子を上梓、本来は行政が負わないといけない利用者の安全の責任を転嫁することの限界を指摘、自治体へ積極的取材を行い、自転車関連イベントに出席して自社批判を繰り返し「死角」を「安心のペダル」と改題、数値情報や個別事案を徹底的に解析し自治体に安全策の提言をするなど活動的に現場に出向く姿勢を見せるようになります。

しかしながら、メディアの無関心などを指摘してきた馬場記者は毎日本紙の社会部からデジタルセンターに左遷、新連載の「安心のペダル」は14年を最後に途絶してしまいました。

 


▲毎日新聞の自転車社会への提言「安心のペダル」 2014年3月7日

 

2025年大阪府は交通事故死者数が過去最少となり、なかでも自転車利用者の死者数が減少し25人(前年比-9)、これはオートバイ等二輪車の41人を大きく下回っています。しかもその半数以上が65歳以上の高齢者となっていて、60歳以下の死者は月間1人いるかいないかといった程度で、全く大騒ぎするほどではありません。自転車事故死より新聞を読んでいるときに死亡する老人の方が多いのではないでしょうか。

 


▲大阪府の年齢別自転車事故死の構成率 (大阪府警察交通情報より)

 

 

自転車は府下で650万台利用されています。春の自転車厳罰化を契機に不見識なマスコミが自転車社会をまるで銃社会のように印象操作し、利用者を悪者に仕立て、リテラシーの低い読者をミスリードしてしまわないか懸念されます。

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