ユダヤ人経営学者ピーター・ドラッカーは戦後日本の経済復興の主因に資本主義の選択があったとしています。そして、成熟した資本主義は社会主義に移行することは不可避で、日本の成長の鈍化を予想しました。停滞する日本の処方箋として提唱したのが名著「マネジメント」です。マネジメントとは「マーケティング」と「企業家精神(イノベーション)」の両輪で、ドラッカーはダイエーの創業者中内功を実践者として高く評価しました。
中内は新商売は西から東へと流れるのが定説で、常に関西で生まれ、世界に名高いユダヤ商人も、大阪商人の相手ではないとしています。そして、その神髄をつかんでいた商人中の商人は阪急グループの創業者小林一三だと評しました。
本ブログでは以前に中内によるユダヤ商法を規範とした米国型チェーン店形態の日本導入を残存資料から考察、自転車販売のチャネルの多様化を追体験することで縮小する自転車市場の再活性化のヒントを模索しました。資料から阪急百貨店はダイエーが着眼する10年以上前から自転車販売に取り組んでいたことが分かりました。現在、阪急は自転車販売から退いていますが、阪神間における「阪急」の存在感は別格で、鉄道沿線の生活水準は平均を上回る高いものになっています。小林の企業家精神とはどのようなものだったのでしょうか。
池田市にある追頌する施設「小林一三記念館」にいってみました。

阪急は鉄道を中心とした企業グループで都市開発、小売業、観光、エンターテインメントなど20世紀初頭より阪神間において生活基盤となる事業を広く展開しています。同じころ半官半民の南満州鉄道が巨大化していましたがこちらは石炭や大豆等の物資の輸送の収益で都市開発の赤字を埋める収益構造となっていました。一方、阪急は郊外型住宅やターミナルデパートなど都市開発を軸に西洋スタイルのハイカラな生活スタイル「阪神間モダニズム」を導入、持ち前の経営手腕で質の高い「阪急ブランド」を構築、沿線は関西随一の住みやすさを誇っています。記念館は阪急宝塚線池田駅から北へ15分ほど歩いた大阪平野北端の五月山の麓にあります。

記念館は住宅地にある小林一三の旧邸で、茶室がある日本庭園の中にある洋館です。施設は品があり、文化財に登録され歴史の流れを感じることができます。館内には小林の交友関係から人柄を示唆する展示から阪急の歴史が分かる鉄道古物、実際に使用されていた書斎など入館料300円とは思えない充実したものとなっています。
また、記念館の西側には無料で利用できるライブラリー「池田文庫」があり、宝塚歌劇や阪急球団など阪急関連書籍が閲覧することができます。

阪急電鉄の前身となる箕面有馬電気軌道は明治末期の1907年創業、小林が専務となり1910年に梅田-宝塚間、箕面-石橋間が開業、当初は兵庫県の有馬温泉まで延伸予定でした。しかしながら、延伸計画が温泉街に歓迎されず、神戸線や京都線が敷設され、社名も阪急電鉄に変更となります。小林は設立時から実質的な代表として、郊外の宅地開発に取り組み、都心に電車通勤するサラリーマンをターゲットとして最初に開発されたのが猪名川左岸の池田市室町です。
1910年から始まった室町の住宅は木造二階建ての庭付きの戸建てで200戸が販売され、その後も宝塚沿線の服部駅(1912年)、豊中駅(1914年)、石橋駅(1924年)、曽根駅(1931年)、蛍池駅(1934年)などと売り出し、開発は兵庫県にも及びました。

また並行して、音楽校や実業専修女学校、商業校の運営や関西学院等の支援など教育にも力を入れ、文化スポーツ振興にも取り組みました。1937年に神戸線西宮北口駅南側に開設された西宮スタジアムはプロ野球球団阪急ブレーブスの本拠地となり、1949年から2002年まで西宮競輪も開催されました。
大阪府下の豊中・住之江・大阪中央競輪場が廃止となると西宮は近畿地区一の車券を売り上げ、甲子園競輪と両輪で沿線の都市開発の大きな資金源となりました。6月の投稿でも言及しましたが、テレビ放送が始まるまでは職業野球より競輪の方が人気で、電話やインターネット投票のない時代に車券を買い求めにスタジアム出向いた来場者数はブレーブスや大阪タイガースの公式戦の観客数を上回っていました。

京阪神に張り巡らされた鉄道網沿線は文化や価値感を共有し、社内報で北大阪沿線は「阪急平野」と称していたようです。本ブログでは以前から北大阪の千里地区の池田・豊中・箕面・吹田・茨木の5市を合併し、政令都市として日本経済のこれからのあるべき姿を示すべきだと投稿を繰り返しています。この地域は京都市・神戸市に匹敵する人口を擁しながら大都市と認識されず、高層ビルや基幹店のようなものがあまり設置されない傾向にあり、国際会議や大型イベントなども誘致する発想すら湧いていないのではないでしょうか。詳しくは過去の投稿を読んでいただきたいのですが、一帯は国内屈指の住みやすさとなっています。
・グレーター千里構想は「第二東京」となるか (2024.5.9投稿)
小林の企業家精神はより良いまちづくりの規範となり、東急や近鉄、西武、東武、小田急、京王、名鉄、阪神などの私鉄各社に大きな影響を与えました。ただその評価は意外にも国内に留まっているような気がします。私は日本中を阪急沿線のような都市につくり変えることにより、国民がより豊かな生活を手に入れることができるのではないかと思っています。
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