日本に初めて自転車が上陸したのは幕末とされています。文献によると1862年に福井藩の藩主 松平春嶽(まつだいら しゅんがく)が「ビラスビイデ独行車」に乗ったとあることから、これが自転車(velocipede)のことではないかとされています。1858年の日米修好通商条約により神戸・長崎・横浜・新潟・箱館が開港、条約により大阪は外国人居留地となり、大阪湾に面する現在の西区川口にが外国人宣教師や商人が居留するようになりました。

▲大阪開港の地 西区「川口」
川口居留地は中之島のある大川河口にあり、現在は倉庫街となっています。神戸や長崎などは旧居留地を観光資源として景観を保護して、まちおこしをしていますが、川口居留地には当時の建物は一切なく、観光客の姿も全く見当たりません。しかし、この居留地は現在の大阪の近代化や文明開化に大きな役割を果たしており、調べていくと大阪における自転車を始め様々なルーツがそこにあり、空襲により戦後は急速に輝きを失い、現在に至っていることが分かりました。現在、川口居留地はどうなっているのか、クリスマス直前の晴れた日にポタリングしてきました。

▲川口の倉庫街 物流拠点として大型車両の激しい往来がある
川口はサイクルショップ203と同じ大阪市西区ですが、203がほぼ南端で川口は北西の先端となり、自転車では20分ほどとなります。大川の川尻で舟運が盛んだったころから物流の拠点で「大阪開港の地」の石標があり、現在でも住友倉庫やヤマト運輸などの流通業者の事務所が多く所在しています。対岸には中央卸売市場があり、軽バンや大型トラックの往来が多く、その関係から電撃的な交渉で知られる労働組合組織「全日本建設運輸連帯労働組合関西支部」(関西生コン)の活動拠点となっていて、堀江とは全く違った雰囲気となっています。

▲ 川口居留地跡 当時の建物はないが1868-99年までは外国人居留地となっていた
居留地時代の建物は全くありませんが、一部では雰囲気を残す洋風建築があり赤レンガの川口基督教会の大聖堂はシンボルとして登録有形文化財となっています。開港当時は多くの宣教師が来日、ミッションスクールにて英語教育の始め、大阪信愛学院・桃山学院・大阪女学院・立教学院(東京都)・梅花学園・平安女学院(京都府)・プール学院などの創設地となっています。しかしながら、多くあったミッション校も現在ではすべて移転し、キャンパスはひとつも残っていません。
英語教育以外にも宣教師が大阪にもたらしたものは多く、パン・バター・精肉・ホテル・クリーニング・オルガン・時計、そして自転車の発祥地とされています。

▲宣教師が西洋から大阪に伝えた自転車 大阪くらしの今昔館展示より
川口で宣教師が自転車の販売を始めたのは1894(明治27)年頃とされ、2,3軒の販売店があったそうですが、1899年には外国人居留地制度が廃止となりました。現在、大阪は自転車のまちとして知られていますが、明治期には条例で「遊戯のために自転車に乗ること」を禁止していて、やや普及が遅れていました。先行する東京を見習って、堺で自転車の部品製造を始めたもこの頃となります。
都道府県別自転車保有台数 1913(大正2)年
東京都 4.1万台
愛知県 4.1万
兵庫県 3.1万
岡山県 2.6万
大阪府 2.3万

▲1920年竣工の壮大な川口基督教会
居留地が廃止後もしばらく洋館が立ち並び、付近の江之子島に大阪府庁や市庁舎ができたことから、大阪の文明開化の象徴となり、市内における自転車の売買の拠点となりました。私が数年前に発掘した1932~42年(昭和7~17年)の川口輪業会の「物品買譲請明細帳」には当時の売買記録が詳細に記されています。当時は自転車は高級品で主用途は運搬など業務用で売買先は米穀店や運送業、洗濯店、銀行などとなっています。日華事変(日中戦争)の影響でインフレが凄まじく、1935年1台1円程だったのが、7年後の42年には1台10円以上となっています。

▲川口輪業会「物品買譲請明細帳」(昭和7~17年) サイクルショップ203所蔵
明細帳の末尾には天満警察署から1943年2月27日より3年間保存が命じられ、そこには「髙橋タツ」のサインが記されています。髙橋タツは上町にあった有力店「髙橋サイクル」の経営者で、髙橋勇の実母となります。髙橋サイクルは大阪空襲で被災するまで中之島にあり、髙橋家はこの頃から大阪の輪業会に大きな影響を持っていたことが推測されます。この明細帳は読んでいると興味深い内容で詳細に調べてみる価値があるのかもしれません。

▲物品買譲請明細帳には川口の自転車の売買記録が記されている
衰退する日本経済のなかで観光はまだまだ伸びしろのある産業です。大阪にも外国人を中心に多くの観光客がおとずれますが、さらなる成長と観光公害を踏まえた分散を考慮してこの辺りも観光地化してもいいように思いますが、クリスマスを前に教会の扉は固く閉ざされていました。

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