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清澄白河の新名所「TOKYOBIKE TOKYO」

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2021年7月、東京・江東区清澄白河に自転車ブランドtokyobikeのフラッグシップストア「TOKYOBIKE TOKYO」がオープンしたので行ってきました。

 

tokyobike shop

20年程前、私は2年ほど東京に住んでいたのですが、この清澄白河というところには行ったことがありませんでした。それどころが、聞いたこともありませんでした。

2015年に米ブルーボトルコーヒーが上陸、国内1号店を出店すると、清澄は名は一躍知られるようになり、一帯にはサードウェーブコーヒーのショップが続々と増え、注目のエリアとなりました。

 

kiyosumishirakawa coffee

新旧の交じりあう風景はサイズ感のちょうど良い住環境で、かつての堀江を彷彿とさせます。

 

「TOKYOBIKE TOKYO」は築60年程の鉄骨造の倉庫を改修した地上3階建てで、建物内には自転車だけでなく、観葉植物店やコーヒー店も併設されていて、暮らしの楽しみ方を発信する施設となっています。

 

tokyobike tokyo

1階の入り口横には、清澄らしくアジア産の厳選されたスペシャリティコーヒーの専門店「亜良以豆珈琲」(アライズコーヒー)が出迎えてくれます。

 

kiyosumi coffee

 

ベンチの役割をしている中央の大階段を上るとキッズスペースがあり、奥まで進むと豪メルボルンのプランツショップ「The Plant Society」(プラントソサエティ)の国内一号店があり、植物のある暮らしを提案してくれます。

 

kiyosumishirakawa tokyobike

もちろん、自転車の販売やカスタマイズなどを常駐のメカニックが対応し、谷中時代同様にレンタルバイクや自転車グッズの販売も充実しています。

 

raincoat bicycle

今後は、中央の大階段を使い音楽イベントや落語会などを定期的に開催される予定だそうです。

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【追憶の競輪場FILE⑤】野球場の中の競輪 西宮スタジアム

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現在、兵庫県内では競輪は行われていませんが、かつては4ヶ所の競輪場で競走が開催されていました。

FILE④で紹介した甲子園(鳴尾)競輪場の他には、ヴィッセル神戸の本拠地ノエビアスタジアムにあった神戸競輪場、明石城跡にある明石競輪場、そして阪急西宮スタジアムです。

 

hanjyu nishinomiya stadium

 

西宮スタジアムは阪急電鉄の西宮北口駅のすぐ南側に位置し、パリーグの阪急ブレーブスの本拠地として使用されていました。子供の頃、何度かこの球場で公式戦デーゲームを観戦したことがあります。サブマリン投法の山田久志、韋駄天の福本豊、吠えるアニマル・レスリーと試合は子供ながらに物凄く面白かった記憶が残っています。一方で観客席はガラガラで、トイレが衝撃的に不衛生だったのをかすかに覚えています。

スタジアムは野球以外に、アメリカンフットボールやコンサートにも使用され、パネルを敷き詰めて競輪も行われていました。

 

nishinomiyakeirin

 

野球場の中のバンク「西宮競輪」

阪急ブレーブスは1988年にオリックス・ブレーブスとなり、91年には本拠地をグリーンスタジアム神戸へ変更、以後プロ野球での使用頻度が減り、西宮スタジアムは競輪の開催がメインとなります。

開場直後は木製パネルをサーカスの様に組み立て使用していたようですが、選手からの評判は悪く、落車時はささくれが突き刺さり酷い擦過傷が残ったそうです。

1995年には阪神大震災が発生、スタジアムは避難所や自衛隊の活動拠点として使用され、ボンジョヴィやSMAPが復興コンサートをするなど長く親しまれてきましたが、2002年に兵庫県内の競輪が廃止となると、スタジアムは取り壊され、跡地にはショッピングセンターとなることが決まります。

一時は甲子園競輪場との合併も検討されましたが、鳴尾競輪場での事件で兵庫県では競輪のイメージが悪く、競輪場の警備や予想屋などの利権をめぐって暴力団抗争が起きるなどの問題も発生して、廃止の声は強く、残念ながら県内の競輪場が全廃となります。

 

keirin yosouya
兵庫県内の競輪場の予想屋 本文とは一切関係ありません

 

2008年、跡地に「西宮ガーデンズ」という県内でも最大規模のショッピングモールが建設され、今では買い物客でにぎわっています。

nishinomiya garden

野球場の中の競輪場というのは少し珍しいようですが、実は読売ジャイアンツの本拠地である東京ドームも競輪が開催されたことがあり、2003年の都議会では石原慎太郎知事(当時)がドームでの競輪を再開する意向を表明しました。

都はいまだに競走の再開を実施していませんが、コロナの影響で財政が悪化している都政の改善案として早く再開に取り組んでもらいたいところです。

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【追憶の競輪場FILE④】競輪史上最悪の大暴動が起きた鳴尾競輪場

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「大阪人=阪神ファン」
大阪人にはそういうイメージがあると思います。

阪神タイガースの本拠地「阪神甲子園球場」は、兵庫県西宮市の南部にありプロ野球だけでなく、春夏と高校野球も戦前から開催されています。兵庫県なのに、大阪のイメージが強い地域です。

 

koushien

 

第二次世界大戦末期、甲子園球場を含む西宮市一帯は、米軍による空襲を繰り返し受け大きな被害を被りました。その様子は「火垂るの墓」(1988 スタジオジブリ)としてアニメ映画化されているので、イメージしやすいと思います。

 

一村の存続を賭けた「鳴尾競輪場」

鳴尾競輪場は戦後間もない1949年に甲子園球場のやや浜手に設立されました。

 

koushien baseball

 

当時、球場のある一帯は鳴尾村という小さな村で、2005年にまとめられた「鳴尾村誌 1889-1951」(鳴尾村誌編集委員会)によると、村は入場税を戦災復旧に充てるため、テニスコートの跡地2万7000坪という広大な敷地に東洋一の規模の競輪場を設立、隣接する西宮市「西宮競輪」、尼崎市「園田競馬」と共に復興財源のため競走を実施したようです。

 

naruo bank  naruo keirin

 

しかし、開場翌年の50年、近畿地方を襲った大型台風「ジェーン台風」で大きな被害を受けてしまいます。当時の施設は突貫工事で作られただけでなく、競争法により戦災で倒壊した家屋の廃材の利用が競輪場の建設に義務付けされ強度に難があり、屋根が吹き飛ばされ開催継続が危ぶまれるほどだったそうです。そのような状況にも関わらず主催者は災害救援と銘打ち競走を強行しました。

 

競輪史上最悪の大事件「鳴尾事件」

事件は台風直撃から6日後の9月9日第11レース、本命の選手の機材トラブルで、高額配当となり観衆が混乱、競走のやり直しを求めて怒号が飛び交う混乱の中、11レースは成立しました。しかし、レース内容に納得のいかない一部のファンが走路に雪崩込み暴徒化、続く第12レースは中止となり、主催者は車券の払い戻しを発表するも、事態は収拾にはいたりませんでした。

 

naruo jiken

さらには、審判員を包囲し暴行を加え、車券売り場を破壊、売上金の強奪を図る者、ガソリンを巻き放火する者など悪質行為はエスカレートし、観衆1万人のうちおよそ半数の5000名が騒動に加わり、警察や米軍憲兵が鎮圧にあたる事態となりました。

死者1名、逮捕者250名。

競輪史上最悪の大事件は「鳴尾事件」と呼ばれ、競輪廃止論のきっかけとなりました。

 

naruo riot

 

事件により鳴尾競輪場は休止となり、競走による収入を期待していた鳴尾村は一転し、財政が立ち行かなくなり隣の市に編入を決意、51年に編入先を巡る住民投票にて尼崎市案を西宮市案が上回り、鳴尾村の名は地図から消滅することとなります。

競輪史に残る汚点を残した鳴尾競輪場は廃止も検討されましたが「甲子園競輪場」として再スタートを切ることとなり名勝負を繰り広げ、大きな収益をもたらします。

 

koshien keirin

 

しかし、レジャーの多様化、特にパチンコの射幸心を煽るド派手な台や少年漫画のキャラクターを採用した台などなりふり構わない無秩序な拡大が影響し、睨みを利かされている競輪はファンを奪われ甲子園競輪場も収益が伸びず継続が難しくなってしまいます。

西宮市にはもう一ヶ所近隣に「西宮競輪」があり、両施設を統合する案も検討されましたが、事業収支の悪化が予想されることから、2020年に半世紀にわたる長い歴史に幕を下ろすこととなりました。

跡地は売却され、現在では大規模なマンションが建設されています。

 

naruokeirin

 

地元の方に話を伺うと甲子園競輪場に反対していた住民は全くおらず、廃止に追い込んだというより「役割を終えた」という感じでした。現地は閑静な住宅街となり、当時のことを示すものは一切なく、事件のことを切り出すと地元の主婦の方は非常に驚いた表情をされていました。

 

パチンコ栄えて、国滅ぶ

競輪の売上高と日本経済の盛衰は見事なまでに一致します。
景気が良くなると、遊興する余裕が出るので、当然と言えば当然で、これは他の公営競技にもおよそ当てはまります。

しかし、同じように見えるパチンコは、景気との連動性はなく、むしろその逆のようにも思えます。パチンコ産業は規模も大きく平成期には消費者金融の「グレーゾーン金利」と相まって日本の長引く不況や貧困化の片棒を担いでしまった前科もあります。依存による害悪が大きく、コロナ禍でも槍玉に挙げられています。

公営競技が日本の公衆衛生や施設建設など地域発展の原動力になっているのに反し、パチンコはその収益が海外へと送金され日本がさらに弱体化されるのではないかといった懸念も持たれています。

兵庫県には、甲子園競輪場の他に3つの競輪場がありました。
今では全廃され、県は収益を失っています。

【FILE⑤】では、西宮市内にあったもう一つの競輪場「阪急西宮スタジアム」を紹介したいと思います。

 

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【追憶の競輪場FILE③】わずか5年で幕を閉じた豊中競輪場

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大阪府の北部・豊中市に服部緑地という大きな公園があります。

当ブログでは、定期開催されている自転車パーツ類の蚤の市「シクロジャンブル」の会場として何度か紹介していますが、かつてこの公園内には「豊中競輪場」という競輪場がありました。

 

cyclojumble2019
(シクロジャンブル 2020年撮影)

 

 不祥事のあおりで5年で幕をとじた「豊中競輪場」

「豊中競輪場」は住之江、大阪中央競輪場に続き1950年に突貫工事で建設されました。敷地総面積39600坪、コンクリート舗装された500mの走路と15000席の観覧席を含む30000名の収容人員の競輪場で、55年までの5年間、大阪府や豊中市が主催となり競走が開催されました。

 

toyonaka keirin

toyonaka velodrome toyonaka keirin

 

公園内の詳細位置は「シクロジャンブル」がいつも開催されている「古民家集落広場」と言われている場所の北側にある「服部緑地陸上競技場」のあるところとなります。

この競輪場は、前述の「住之江競輪八百長騒ぎ」や「鳴尾事件」など相次ぐ不祥事を重く見た赤間文三知事[在任期間:1947-1959年]が、真っ先に閉鎖した施設で、現在では400mの陸上トラックやサッカーのコートに再整備され利用されています。

 

hattori

 

自民党所属だった赤間は知事に当選すると次第に高慢な態度を取り、中央政治と対立、独断で府下の公営競技の全廃を決定します。こういった知事の姿勢はどことなく東京の小池百合子知事にも共通しているように思います。ただ、赤間は主立った成果のない小池氏と違い、大阪北部の丘陵地帯の開発案「千里ニュータウン構想」の地ならしなど後世に残る実績を挙げています。服部緑地もニュータウンの最南部に位置し、大型団地群と合わせて住環境の向上の一役を担っています。

 

toyonaka track

 

 | 大阪の絶頂期を支えた公営競技

千里ニュータウンには、計画的に千里北公園や千里中央公園などいくつか大きな公園が点在していますが、服部緑地の知名度はとりわけ高く、大阪で単に「緑地公園」といえば服部緑地のことを指します。理由としてはその大きさもさることながら、北大阪急行「緑地公園駅」の駅設置の強い影響があるといえます。1970年の日本万国博覧会(大阪万博)のアクセス手段として着工された同路線は、大阪の大動脈である地下鉄御堂筋線に直結し、北摂地域の主要路線になっています。また2年後の2023年には、現在の終着駅「千里中央」から箕面まで競艇マネーにより北へ延伸される予定となっています。

 

kitaosakakyuko

 

70年の大阪万博には、競輪・競艇からそれぞれ約20億円が協賛金として拠出され、広報費や設備建設の事業費にあてられました。2005年の愛知万博でも、民間負担分の3分の1にあたる約200億円が公営競技からの資金となっていて、25年の大阪・関西万博でも資金源の柱と期待されています。

でも、どうでしょうか。

公営競技を反故にし続けてきた歴史がある大阪府に資金を要求できる権利があるのでしょうか。実際、70年の万博では、中央競馬会は支援を断っています。

大阪・関西万博は、大阪府だけの事業ではなく国家的プロジェクトです。前例を踏襲し、競輪を統括するJKAはおそらく大きな支援をすることでしょうが、見返りとして万博跡地の夢洲に競輪場施設の建設を許可することぐらいはしないと、筋が通らないのではないでしょうか。

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【追憶の競輪場FILE②】府下最大のマネーマシン 大阪中央競輪場の興亡

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現在、大阪市には競馬場はひとつもありませんが、かつては長居公園内に「大阪競馬場」がありました。
1948年から59年までの11年間、地方競馬が開催され一時期は全国2位の売上があったそうです。

 

nagai park

長居公園は、住之江公園の2km東に位置し、地下鉄なら御堂筋線が利用でき交通アクセスも抜群です。

nagai kouen

 

敷地も広大で住之江公園の3倍ほどの面積があり、1年を通して四季折々の花が楽しめるだけでなく、公園内には博物館やプール、セレッソ大阪がホームとして使用しているサッカー場「ヤンマースタジアム長居」など施設も充実し市民の憩いの場となっています。

 

yanmar

 

長居公園にあった日本一の競輪場「大阪中央競輪場」

大阪中央競輪場は住之江競輪場の大成功を受け建設省に計画を出願、GHQ総司令部の了解のもと1950年に開場しました。年利1000%以上の投資効果が上がっていた住之江の勢いを示すように、正門アーチには桃山調の色彩美しい大理石、足元には厚さ10cmの御影石を敷き詰め、周囲には銀杏やつつじを植林、競走路も日本一立派に仕上げられ総工費はなんと住之江の4倍の9000万円という戦後間もない時期とは思えぬ豪華な施設でした。

 

osaka keiba

 

1958年発行の「大阪競輪史」によると、競馬場の北側に建てられた施設は、敷地総面積22000坪、コンクリート舗装された500m走路と25000の観覧席、106の窓口が設けられ、収容人員55000名という日本一の施設だったそうです。詳細位置は、現在の「ヤンマースタジアム」のある辺りにあったと推定できます。相乗効果があるのかは分かりませんが、この頃は公営競技場を併設するというスタイルよく見られ長居公園もこの形をとり、短い期間ですがオートレース場もあったそうです。

 

osaka keirin

 

大阪中央競輪場は、住之江と並び主要会場として空前の盛況を呈し全国屈指の売上高になり、府下の自治体に驚くべき収入をもたらしました。その使途は市営住宅の建設・病院の整備・地下鉄の延伸・厚生施設や学校の建設・保健衛生費、中小企業や失業者対策など多岐にわたり、敗戦で荒廃した都市を復興へと導きました。そして、大阪での成功を見て全国に拡大した競輪の総売上高は年間600億円、同書によるとこの金額は政府発行紙幣の6%に相当するらしく、娯楽としてだけでなく国民経済に多大な影響をあたえる公共事業だったようです。

 

osaka money

 

公営競技全廃を決めた大阪府の大誤算

 

しかし、住之江競輪場で発生した放火暴動騒ぎや鳴尾事件をきっかけに起こった「競輪廃止論」に大阪府知事赤間文三は、施行都市や関連執務員に相談することなく1955年にあっさりと府営の公営競技場の廃止を決定。すると、大阪府の財政は翌年の56年には赤字に転落、府の新規事業は殆ど見送り状態となり赤字危機は深刻な様相を呈するようになり、大阪府の後に続く自治体はありませんでした。

 

「人間は馬以下」 (東京新聞)

「便所が汚いからやめてしまえというような競輪廃止論は軽率だ (産業経済新聞)

 

マスコミや世論による批判は小さいものではなく、しばらくは全国各地の競輪場は自粛体制のもとで競走を実施、しかしながら競輪人気は高く、中央組織である日本自転車振興会や選手育成のための競輪学校を設立するなど事業の健全化を図り総売上高は2兆円にまで大きく成長、住之江・大阪中央競輪から得られる収益金は5000億円規模(WTCタワー 5個分)と推計され、赤間のとった方針は、あまりに独断的で明々白々と権力の乱用であったといえます。

 

 

コロナ禍、存在感を示す「進化した競輪」

 

仮に一点、暴動やギャンブル依存症による地域の治安悪化を理由に公営競技場の再開しないというなら、私はその考えは古く改めなければならないフェイズになっていると思います。

奈良競輪場の投稿でも少し説明しましたが、かつては周辺に住む人々がわざわざ競輪場に出向いて購入していた車券も、現在ではスマホやパソコンを利用し、インターネットで投票ができるようになり、「立地」と「治安」の関連性がなくなり、競輪場は所在するだけで全国からただ自動的に大きな収益を獲得できる優良なマネーマシンへと変貌を遂げているのです。

財政的に困窮している大阪府は、コロナ対策にも大規模な政策を打てずに感染が拡大しています。今こそ、府営競輪の再開を打ち出し、収益を病院建設や失業者対策、事業助成金などにあてるべきではないでしょうか。

 

【FILE③】では、大阪府北部にあった「豊中競輪場」の紹介をしたいと思います。

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