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燃やしてまえ! ! 廃墟「明石市立図書館」の整備問題

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国内では、過疎や人口減少が社会問題化していますが、兵庫県南部の明石市は11年連続人口増、子育てに重点を置いた政策で国や自治体から注目されています。私は10代の頃、明石に数年間住んでいましたが、当時は少年による窃盗や破壊行為・バイク暴走が日常茶飯事でした。箕面(←関西一のええとこ)から転入した私は、息を吸うように万引きをする「明石の子」に衝撃を受け、連座的に犯罪に巻き込まれないように、自衛手段として転出を選択しました。転居の数年後の2002年には、住んでいた明石のワンルームマンションの前で、大学生が暴力団構成員にシバき殺される凶行「神戸大生リンチ殺人事件」が発生、恐怖で肝を冷やしました。第二の故郷と言いたいのですが、明石というのはそういう場所だったのです。

 


活気を取り戻した明石「魚の棚商店街」

 

恐怖のまちの転機となったのは2010年、衆議院議員の泉房穂氏が市長に出馬を表明、僅差で自民党候補を破ると昨年まで3期12年間市政改革に取り組み、大きな成果を上げました。一方で、不適切な発言などで周囲と反りが合わず、釈明や辞任を求められることも多く、市政に未練を残したまま後任に席を譲る格好となりました。

 

「きょう、火ィつけて、捕まってこい!燃やしてまえ、建もん!」

 

20年ぶりに「第二の故郷」に足を踏み入れると、JR明石駅周辺は整備され、カツアゲに怯えていた当時からイメージが一変していました。建物だけが新しくなったのではなく、地元高校生による無料コンサートに暇を持て余した老人がパイプ椅子に腰かけて拍手を贈ってる光景、明石市は「戻りたい街ランキング」で堂々全国第1位に選出、子育て世代のみならず地元民の笑顔があふれていました。

 


▲駅前ビルに移転した「あかし市民図書館」

 

再開発された駅前ビルには、チェーン店だけでなく開発前からあった明石焼き店「道場」や子育て支援センター・中高生世代交流施設「ユース スペース」といった公共窓口が同居、明石公園内にあった市立図書館も移築され、以前と比べて活性化していました。私が明石に住んでいた頃、市立図書館はJR明石駅の北側の明石公園内に、兵庫県立図書館と隣り合って運営され、泉市長時代に移転したようです。駅前ビルに移築された結果、利用しやすくなり移転前の2倍の貸出数になり、移転は大成功となっています。

しかし、泉市長の退任後に問題が表面化、旧図書館の整備をめぐり県と市が対立しているようです。

 


市民の憩いの場、「兵庫県立 明石城公園」

 

明石公園は明石城の城址を公園化した県立施設で、重要文化財の櫓や堀だけでなく広大な敷地には野球場やテニス場、宮本武蔵ゆかりの日本庭園や自然林、子供が楽しめる遊具やペダルボートなど観光スポットとレジャーが両立した憩いの場となっています。

旧図書館は公園の東側、駅から園内を10分ほど歩き雑木林を抜けた先にあり、レンガ造りの3階建てとなっています。1974年に建造で県立図書館と一体したデザインですが内部で行き来はできず、南棟の市立図書館だった部分が2020年3月から4年間放置され廃墟化、21年には屋上からミイラ化した遺体が発見されました。

 


明石市が不法占拠する旧図書館跡   閉館後は廃墟化

 

兵庫県は明石市に対して、現状回復と土地の返却を求めていましたが、明石市は解体費用が8億円以上となることから先送り、後任の丸谷聡子市長は解決に意欲を見せましたが、前市長と兵庫県知事との対立で議論が平行線をたどり不法占拠状態となっています。閉館後の施設管理だけでも年間300万円の税金がかかり、問題解決の方法を模索しています。

図書館は、県営「明石公園自転車競技場」に隣接、窓からは明石海峡大橋と地元選手がトレーニングする様子が望めます。この自転車競技場は兵庫県下で唯一の現存競輪場で、1961年まで公営競技が実施されていました。昭和期には明石・西宮・鳴尾(甲子園)・神戸と県内の4ヶ所で競技が実施され、地方財政に寄与してきましたが、社会党の阪本勝知事時代に「県営ギャンブル全廃」の方針が表明され、他の競輪場は取り壊され、明石のコンクリートの400m走路だけが残されています。

 


明石海峡大橋を望む県営施設「明石公園自転車競技場」

 

兵庫県には複数の暴力団組織の勢力が分布、明石競輪場は山口組系細田組などが、テキ屋・予想屋・売店・警備の利権を分け合っていました。当時は暴力団の抗争は、まるでプロ野球の結果のようにスポーツ新聞で読む性向がありましたが、1980年代に神戸に本部がある一和会と山口組の抗争が激化、血で血を洗う抗争が続き高知競輪場で発砲事件が発生、2名の死者を出し、公営競技は暴力団と決別しました。

平成期になると競輪は依存症対策や不正行為対策など改革に真剣に取り組み、現在に至っています。かつては迷惑施設だった競輪場はインターネットや電話投票の登場で性質が変化、令和になり人気が復調し主催都市に大きな恩恵をもたらしています。

 

 


1950年に開場した「明石競輪場」 1961年まで市営競輪が実施された

 

郷里の箕面市も公営競技のボートレースを主催、先月はご存じの通り、収益金を活用し北大阪急行(地下鉄御堂筋線)が延伸されました。打ち出の小づちのように毎年、収益金が数十億も入ってくるのに、他の自治体の方は不公平に感じていないのでしょうか。いわんや、大阪府・大阪市・京都市のように利権を自ら放棄し、赤貧化した思想最優先の左翼政治は本当に不憫に思います。

私の提案なのですが、明石公園自転車競技場で競輪を再開し、その費用で図書館解体の代執行をすればいいのではないでしょうか。兵庫県がその意思を表明し、明石市に「即撤去」か「県営競輪の実施」の二択を迫れば、廃墟は有効活用されるはずです。

 

 


ホテルが併設された岡山県「玉野競輪場」 全国43施設ある競輪場はすべて黒字運営されている

 

旧図書館は草ボーボーですが、建物デザインは時代を感じさせない洗練されたものがありますので、玉野競輪場のように宿泊施設にしてもよさそうです。公営競技主催にアレルギーがある住民もいると思いますが、公営競技場の所在する宝塚市・向日市・久御山町・西大寺は、県下でも屈指の住みやすいまちとなっています。明石市は走路が残されているため、他市と比べて再開もしやすいのではないでしょうか。

 

 

<明石公園の秘史>
1950年 明石競輪場設営
1961年 競輪撤退
1974年 明石市立図書館開館
1984年 山一抗争
2010年 泉房穂市長就任
2017年 市立図書館移転
2020年 図書館跡廃墟化
2021年 ミイラ遺体発見
2023年 丸谷聡子市長就任

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1万人収容アリーナは、なぜ京都市ではなく人口6万人の向日市なのか

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大阪にはシマノ・ブリヂストンサイクル・ジャイアント・あさひといったいわゆる自転車業界とは別に、もうひとつ裏の自転車業界が存在します。それは怪盗団「アパッチ族」といった鉄くず収集業を源流とした北鮮系在日コリアン経営の中古自転車チェーンで、追随する新華僑によるチャイナシンジケート系中古自転車店と地下で激しい中古自転車の争奪戦が繰り広げられ、互いに大きな勢力になりつつあり、最大のチェーン店では34店舗を展開しています。

 

【参考】大阪市、撤去自転車売却「6万台」の闇 (2022年1月18日投稿)

 

これら中古自転車の主な供給元は、各自治体が撤去した引き取り手のない放置自転車で、本ブログではこれまでこの循環について、批判的な立場で実態の調査・考察してきました。物価上昇や貧困化で高まる中古自転車需要に応えるため、業者は大阪のみならず遠方にまで入札に向かい、集められた自転車を「山」という単位で取引しています。業者の有力な遠征先は、大学生が多く4年程度使用された良質な中古自転車が多い京都です。関係者に話を聞くと、大阪の山は「中古の中古」で、割に合わないといいます。全国で唯一中心部に国立大・総合大学が一校もない大阪と、大学進学率1位の京都はあらゆる面で相互依存関係にあるといえます。

 


北朝鮮に輸出される中古自転車 [京都・舞鶴港] 読売新聞 2003年6月14日

 

大阪市民としては学びの機会が多い京都は恵まれた環境のように思えますが、それはそれで大変なようで少子化などの影響で、京都市は年間で1万人以上の人口が減少し2年連続全国ワースト1位となり、財政状況が夕張市に次ぐ悪さで予算不足となり破綻の危機が迫っていると報道されています。

京都府は京都市内の振興策として左京区「北山エリア」の再整備を立案、老朽化した植物園や府立大学を建て替え、文化・学術・芸術・スポーツに触れられる空間の創出と地域の活性化を目指し、大型屋内施設の建設を計画しました。計画では耐震基準を満たさない学生数2000人の府立大の体育館を建替え、府民も一般利用できる1万人収容の大型スポーツアリーナを建設、文化イベントや学生スポーツの拠点として新たな交流エリア実現を目指すといったプランでした。国際的なイベントやコンベンションを実施するにあたり、スポーツ庁は全国に大型アリーナを20ヶ所ほど新設する計画で、大型施設のない京都府は候補地となり市内の活性化として一体となった構想計画です。

 

 


▲建替え検討されている築54年「京都府立大体育館」

 

 

ところがこの計画に対して、日本共産党京都府会議員団など5つの団体が署名活動など反対運動を展開、住民説明会では、レストランや売店の設置や敷地内の木を伐採を巡り議論は紛糾、オンライン書名サイト「change.org」では、「京都府立植物園が危ない!生きた植物の博物館の存続にあなたのお力をお貸しください!」と反対署名6.5万以上集めています。

 

 

 

一方で、京都府バレーボール協会など府内の6つのスポーツ団体は、京都市内ではなく京都府南部の人口6万人の向日市の向日町競輪場の敷地内にアリーナを建設するよう府知事に要望書を提出、「周辺環境との調和やアクセス面で、より望ましい」と説明しています。屋内競技団体の請願に対して、西脇隆俊知事は猛烈な反対が展開されている北山エリアに比べ向日市は周辺住民も整備のメリットを感じているとして「スピード感をもって検討を進める」と応じました。

 

 

京都には現存の府営の向日町競輪場とは別に、北山エリアの北東側の宝ヶ池公園内に市営の「宝ヶ池競輪場」があり、市の財政に寄与してきました。しかしながら、同エリアは歴史的に日本共産党の影響力が強く、同党が支援する高山義三市長(当時)が廃止を決定、市の財政状況のみるみる赤貧化し、現在にいたっています。

向日町競輪場も廃止こそ免れているものの全国でも最も悲惨な管理状況にあり、存廃を含めた議論が行われていました。アリーナ建設は抜本的な改革が必要な同施設にとって渡りに船の妙案で、誘致によりこれまで全く見向きもされなかった老朽施設の改善計画が急進する可能性が期待できます。

 

【参考】「京都向日町競輪」の存廃問題  (2023年4月13日投稿)

 

向日町競輪場は2025年に開催される「第24回全国障害者スポーツ大会」の委託会場になっています。この大会は持ち回り制でお隣の滋賀県の主催ですが、同県は2011年に競輪場を廃止し全国で唯一競輪場を保有していない都道府県で、滋賀のパラアスリートにとっては複雑な心境なのではないでしょうか。(個人的にはあまりパラスポーツは興味ありまませんが)いずれにしても、エレベーターや洋式トイレなど大規模な改修が必須といえます。

 


老朽化による廃止が検討されている「向日町競輪場」

 

門川大作市長の退任により、京都では現在、次の市長に向けた各党の候補者選びが本格化しています。先月の奈良県の投稿でも述べましたが、老朽施設を生かすも殺すも行政次第で、京都市民はこれまでのやり方が限界であり、市営競輪復活による財政健全化を最優先すべきではないでしょうか。

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なぜ?! 名刹に人の姿がゼロ、東洋のミューズ「秋篠寺」

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古都奈良は710年に遷都され、東に大仏でお馴染み「東大寺」、西に「西大寺」が建立されました。西大寺も東大寺に引けを取らないほど壮大な伽藍を誇ったそうですが、台風や火災で平安時代には衰退し、現在では西大寺といえば寺よりも近鉄の乗り換え駅「大和西大寺駅」が先に思い浮かび、「安倍晋三銃撃事件」の現場として一躍有名になりました。平城京跡西側には、西大寺だけでなく世界遺産「唐招提寺」「薬師寺」など寺社が多く所在しています。今回は名刹「秋篠寺」に行ってきました。

 

 

大和西大寺は特急停車駅で大阪から約30分、自然豊かで快適な環境のベッドタウンとして開発が進んでいます。駅前にはルイヴィトン・ユニクロ・スターバックスなどが入居する商業施設「ならファミリー」があり、休日には周辺道路が渋滞するほど混雑します。秋篠寺は駅の1km北西側にあります。駅には観光用のレンタルサイクルもありますが、徒歩なら20分くらいかかります。

 


高感度な店舗が入居する西大寺の商業施設「ならファミリー」

 

秋も深まった12月上旬、温暖化の影響もあってかパーカー1枚でも過ごせそうな行楽日和、木の葉も萌えるように色づくシーズンで、京都の東山や嵐山では観光客によるオーバーツーリズム(観光公害)が深刻化しているといいます。秋篠寺は境内の絨毯のような苔庭が有名で、あまり紅葉のイメージはありませんでしたが、差し色のようにコントラストで、詫び寂びを感じます。東洋美の到達点といった感じですが、意外なことに私以外に観光客の姿はなく、贅沢にも貸し切り状態でした。

 

 


苔庭に紅葉が映える秋篠寺

 

本堂に安置される伎芸天は「東洋のミューズ」と謳われ、本尊などを含め国の重要文化財に指定されています。ミューズとは、ミュージックとか博物館または瞑想といった言語の祖語で、音楽などを司るギリシャの芸術神に由来する言葉のようです。「アーネスト・フェノロサが薬師寺東塔を凍れる音楽と表現した」と中学2年のとき類塾で教えられた記憶があり、ずっと「音楽」ってなんやねん、と引っかかっていましたが、秋篠寺の「MUSE」→「MUSIC」→「東塔は音楽」ということで、うまく説明できませんが自分の中ではなんかスッキリしました。

 


東洋のミューズ「伎芸天」が安置される国宝の秋篠寺本堂

 

本堂内は撮影禁止で仏像の画像がなくて申し訳ありませんが、本堂内で一人、瞑想をして帰りました。秋篠寺周辺は、お屋敷が建ち並び、東側には奈良競輪場があります。

奈良競輪場は1950年開設の県営の333m走路の施設です。老朽化が激しく、ビニールシートがかけられていたり規制線が張られていて立入ができないエリアが結構あります。車いす用エレベーターや外国語案内も一切ないどころか、ほとんどの建物が耐震強度を満たしておらず閉鎖されていて、悲惨な状態であるということを2021年に本ブログにて投稿しました。

コロナ期間を経てもスタジアムの状況はあまり変わっていませんでしたが、前回に来た時よりも観客が増えていたように思います。

 


▲県内唯一の現存する公営競技場「奈良競輪場」

 

競輪場と駅の間は農地が広がりのどかな雰囲気となっていて、農作業中のシニア男性にこの辺りのお話を伺うことができました。

 

「昔はここに競馬場があって、今は秋篠川の遊水地で開発調整地域になってるんよ。競馬場は不採算でなくなったけど、子供の頃に行ったことあるよ」

 

競輪が始まると併設されていた秋篠競馬場(地方競馬)の人気が低下、1954年に廃止となりました。このような事例は珍しいことではなく、長居(大阪市)・春木(岸和田市)・鳴尾(現在の西宮)も同様に、併設された後に競馬が廃止されています。春木競馬場では周辺住民とのトラブルの影響もあったようですが、秋篠競馬はそのようなことはなく、単に不採算が原因で、跡地は一部はダム建設で廃村となった村人の移住先に活用、ほとんどは農地となり、現在に至っているようです。

 


奈良競輪場の隣にはかつて秋篠競馬場があった

 

 

「上の人らがなんにも考えとらん、奈良は悪政の縮図よ。モツ煮込み屋はあるけど、レストランをつくるとか、もっと若い女性や子供とかが、楽しめるように工夫しないとアカンよ」

 

男性は奈良競輪場や秋篠寺について、行政がしっかりとマネージメントしイメージを変えることが地域の振興につながると指摘、場内にある飲食店の改善などできることはまだまだあるのではないかと言います。一応、倒壊寸前のボロボロだったバラックの飲食店は建て替えられマシになっていましたが、新テナントは入っておらず場末感は残ったままでした。私がふと岡山県「玉野競輪場」に行ったことを思い出して、施設をリニューアルして地元野菜を使用したレストランや観光ホテルを併設して注目されていることを話すと、男性は「それはいい!それはいいわ!ああ、そりゃいい」と笑顔で繰り返されていました。

 

【参考①】玉野競輪の食堂「FORQ」
【参考②】競輪場に泊まれる玉野競輪「HOTEL10」

 


老朽化が激しい奈良競輪場内の建替前の施設 2021年3月撮影

 

競輪場はギャンブル依存症や地域の治安低下などを懸念し、迷惑施設と考える人も多いのですが、奈良競輪場を含めこれまでいくつかの公営競技場を訪れた印象では、このような歴史的遺産の生かすも殺すも行政次第のように思います。奈良は京都に負けない歴史的建造物の宝庫です。奈良県は今春に知事が変わり、のっけから自転車道路網政策の白紙撤回を表明するなど不安な一面をみせていますが、老朽化した県営施設をどのように運営していくのか手腕が問われるように思います。同じく県営(府営)の京都向日町競輪場では、なにやら新しい動きがありそうです。(つづく)

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競輪場に泊まれる玉野競輪「HOTEL 10」

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(前回投稿の続き)

玉野競輪場「HOTEL 10」は世界初の競輪場に泊まれるホテルです。

 

 

昨年開業したこのホテルはスタンドの一部を建て替えた新しい施設で、客室から瀬戸内海が望め競走の開催日はベランダから熱い戦いを観ることができます。ホテルの運営は食堂「FORQ」と同様に株式会社MIXI傘下「チャリロト」が受託、解体前の廃材をおしゃれに再活用した内装になっています。

 

 

8階建ての施設の客室は100室ほどあり、公式サイトから予約をして宿泊しました。ハイシーズンの夏休み中でしたが朝食付で8000円台と地域最安値、直島で宿泊するよりかなり安く泊まれるのではないでしょうか。競輪場東側には海岸公園がありますが、個人的には対岸の直島のビーチ(夏季無料シャワーあり)の方がおすすめです。どちらにしても、ほとんど海水浴客はいない、プライベートビーチ状態です。

 

 

客室は第1コーナーを眼下に見ろす位置となり、おそらく声援も選手に届いていると思います。宿泊部屋はビジネスホテルのような感じでしたが開放感がありベランダで座って景色を眺めボーっっとしているだけで気持ちよくなります。デラックス・スイート部屋も格安料金なので、空室があるならそちらがおススメです。

 

 

部屋にはテレビモニターが設置され、競輪の中継も見ることができます。館内着はポロシャツで、あとは普通のビジネスホテルと同じような感じでした。注意点としては、競輪開催日は大浴場が使用できないので、部屋のシャワーのみとなります。

 

 

ゲームコーナーやライブラリーといった付属施設はありませんが、廊下の壁面がギャラリーとなっていてアート作品が飾られています。ロビー横には売店があり、館内着のポロシャツやセンスのよい雑貨類が購入することができます。

 

 

チェックインの時に領収書を出せば、宇野駅からのタクシー代を1000円まで返金してもらえるようです。また、宇野駅 – 競輪場 – HOTEL10を走るジャンボタクシーも利用ができます。

 

 

近年、競輪はMIXIだけでなくソフトバンク、楽天、サーバーエージェントといったIT企業が担い手となっています。公営競技はインターネット投票が解禁となり、少なくとも全体で600万人が参加しているそうです。このような状況で売上げはV字回復していますが、競輪場の入場者数は減少し続けているようです。玉野競輪場の一連の取り組みは成功事例として、各主催自治体のロールモデルとなるように思います。

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玉野競輪場の食堂「FORQ」

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競輪場によく行く方は場内の食堂というと、うどんやどんぶりのような学食のようなところをイメージされるのではないでしょうか。老朽している施設では戦後から変わらないバラック小屋で、ギャンブル飯といえば低価格で昔ながらのB級グルメが相場となっています。

(前回の続き)

玉野競輪場の食堂「FORQ」はこれまでの競輪場のイメージを覆すレベル違いのレストランとなっています。

 

 

レストランはバンクを眼下に望むホームストレッチ側の2階にあり、競走の開催されていない日でも営業しています。宇野駅から少し離れているため利用者はそれほど多くなく広々としたおしゃれな店内で、バンク側が一面ガラス張りで瀬戸内海を借景にレースを見ることができます。

 

 

座席はテーブルとカウンターがあり、モニターでレース中継を見ながら食事をとることができ、同じフロアに車券売り場もあります。オーダーをするとフードコート用の呼び出しベルが渡され、着席して待っていると他に客はいなかったため、注文品を持ってきてくれました。

 

 

 

岡山の地元野菜や近海で獲れた魚介類などB級どころか「S級S飯」の素材を生かしたメニュー、クラフトビールやレモンサワーなど女子会やコンパにもおススメです。値段もチェーン店の居酒屋くらいで、割と料理の量もガッツリ目です。宇野港周辺には数店舗飲食店がありましたが、こんな海を見ながらゆったりできる空間は他にあるのでしょうか。

 

 

メニューも豊富、ディナーは、野菜グラタン¥1300、森林鶏(ってなんや?)のフライドチキン¥880、フィシュ&チップス¥1000といった感じのスパイスの効いた洋食で、競輪場のグルメの王道のモツ煮込みとか焼きそばとかはちょっとなさそうです。

 

 

夜は9:30ラストオーダー、行き交う船や地元選手がバンクで練習している光景をぼんやり眺めながら夕食を食べることができます。ランチ・カフェもこだわりのメニューでドリンクは飲んだことない複雑な味のジュース、コップ1杯の中に密度の違う刺激的なフレーバーが交錯し濃淡あるまさにケイリンのように予想の難しい味でした。

 

 

卓球台もありレースの合間の時間つぶしをすることできます。無料ですが、混みあってるときはテーブルとして使用されているかもしれません。

 

 

この食堂はランチ・カフェ・ディナーと宿泊者限定のモーニングがあります。

宿泊者?!

競輪場に宿泊??

玉野競輪場はホテルが併設されていて泊まることができるのです。

 

朝食付きで1泊8000円代と地域最安値「HOTEL10」に泊まってきました

(次回につづく)

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