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TAG: ヒストリー

徳島県立近代美術館 特別展「自転車のある風景展」

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徳島近代美術館で開催中の特別展「自転車のある風景展」を見てきました。

art scence with bicycle

南海・なんば駅から南海本線で終着駅の和歌山港駅へ、そこから南海フェリーに乗船し約2時間。目的地の徳島県立近代美術館は、徳島の中心部のJR徳島の南西約3kmほどの「文化の森」と呼ばれている山すその一角にあります。

tokushima

気温35度。
強烈な日差しと暑さですが、徳島初上陸ということで昼食に名物の徳島ラーメンをいただき、美術館に向かいます。

tokushima ramen

なぜ、市の中心部ではなく、わざわざ公共交通機関で行くことが難しいこんな離れた場所にあるのか理解に苦しみますが、田園風景の中に新興宗教の施設のような大きな建物が見えてきました。

bunkanomori

特別展は2021年9月5日まで開催され、入場料は大人900円。常設されているピカソの絵画やイサムノグチの彫刻、地元のアーチストの作品なども併せて見ることができます。支払いは現金のみで、クレジットカード等は使用できません。ちなみに、鉄道・バス・タクシー、ラーメン屋、自販機にいたるまで県内の支払いはすべて現金しか使用できませんでした。

tokushima muse

展示は4部構成

第1部 自転車誕生
第2部 自転車とオリンピック・パラリンピック
第3部 自転車と美術
第4部 自転車とデザイン

料金を支払い入場すると私以外入場者は見当たらず、ゆっくり展示物を見ることができました。

ordinary

第1部は当ブログでも度々紹介している堺の自転車博物館所蔵の貴重な欧州のクラシック自転車が展示。撮影はここまでで展示室内は撮影禁止でした。

ちょうど五輪開催日時と重なるためか第2部は五輪の使用車や記念資料が展示され、この辺りまでは、美術館というより博物館といった感じです。

tokyo 1964 olympic
▲1964東京五輪 自転車競技ロードのゼッケン  自転車博物館にて2020年に撮影

美術館らしくなるのは第3部で、
展示は4つのテーマに分けられていて

①自転車とポスター
②明治・大正・昭和の日本の作品
③20世紀 モダンアート
④自転車写真

となっています。

自転車文化センター所蔵の欧州の販促用ポスターと京都工芸繊維大所蔵の京都競輪場(通称:宝ヶ池競輪場)のポスターが個人的にはこのパートの最大の見どころのように思います。

特別展の目録が店にありますので、見たい方はご用命ください。

cycling art book
▲シンプソンのチェーン (1900年) (目録の背表紙)

第4部は再び自転車の展示になり、個性的なハンドメイドのスポーツ自転車が中心となっています。展示の自転車は合計で20台ほどでしたが、私はここにあるほぼすべての自転車を今までに見たことがあったので、見せ方を含めてとりわけて特別な印象はなく、予定より短い時間で会場を出ることとなってしまいました。

cherubim hummingbird
▲ 今野真一作 ケルビム「ハミングバード」(2012) 茅ヶ崎美術館にて2017年に撮影

mobius
▲ 栗田秀一作 メビウス「カヴァイシャスフレーム」(1995年頃)  自転車博物館にて2017年に撮影

2021年9月17日から11月23日は八王子市夢美術館にて、同じ内容の展示会が引き継がれる予定となっていますので、関東圏の方はぜひ行ってみて下さい。

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自転車文化センター「競輪の魅力展」

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東京・目黒の自転車文化センターで開催中の「競輪の魅力展」を見てきました

keirin miryoku

 

自転車文化センターは、財団法人日本自転車普及協会が運営する総合施設で、希少な自転車や関連文献の管理や研究をおこなっています。定期的にテーマ展示をおこなっていて、一般の人も自由に内覧できる施設となっています。

 

stratos

2021年6月18日から「競輪の魅力展」と題して、テーマに沿った歴史的な競技車両の現車が展示されています。自転車には説明パネルが添えられ、競輪や自転車に関心のない方でも分かるようになっています。

 

bullet  keirin

当ブログでは、数回にわたって廃止になった関西の競輪場について投稿しましが、主役である肝心の使用機材については殆ど触れていませんでした。センターではとりわけフレームの製作者である「ビルダー」と言われる人(または事業者)にスポットをあて、製作年代などの車両の特徴と合わせて紹介していました。

 

everest tsuchiya

競輪は戦後間もない1948(昭和23)年に福岡県の小倉競輪場で始まりました。発足当初から現在同様に着順を予想するギャンブルで、レースは主に「トラックレーサー」と言われる変速のないスポーツ自転車で行われ、現在でもこのタイプの車両が使用されています。

 

katakura silk

運営は自転車競技法に基づいて地方自治体が主催し、公益財団法人JKAが統括しています。

競技法では
① 自転車産業の振興
② 体育事業その他の公益の増進
③ 地方財政の健全化
上の3点を主な目的とし、国内では例外的に賭博行為が合法化されています。

 

builder

 

使用機材の審査は厳格に行われ、フレームは国内の26ヶ所の登録事業者が製作したものに限定されています。事業者はパナソニックやブリヂストンなどの大規模な企業から、職人が腕を振るう町工場までありますが、その多くが関東圏に集中しています。近畿圏はどちらかと言えば構成部品の登録事業者多いのですが、大阪と京都に合計6事業者が現役でオーダーを受けているようです。

 

giro

本日からオリンピックもトラック競技が始まりましたが、日本代表は現役バリバリのプロ選手が出場し、メダルが期待されています。五輪では日本代表は、普段とはまた違うブリヂストン製のカーボン製の特製車両にまたがり熱い戦いを見せてくれます。残念ながら観戦はできませんが、NHKのインターネット放送があるみたいですのでそれを見て応援したいと思います。

 


 

 

自転車文化センター

  • 〒141-0021 東京都品川区上大崎3-3-1 自転車総合ビル1F
  • Tel. 03-4334-7953
  • [開館時間] 11:00〜15:00 [時短営業中]
  • [定 休 日] 月曜日(祭日の場合は翌平日)・年末年始
  • [入 館 料] 無料

 

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パナソニックミュージアムにいってきた  -幸之助が輪界に残した轍 –

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松下幸之助歴史博物館に行ってきました。

matsuhita kounosuke

パナソニックミュージアム松下幸之助歴史館は、大手電機メーカーPanasonicが運営している企業博物館です。大阪・門真市所在し、無料で貴重な同社の歴史資料や創業者松下幸之助の足跡をたどることができる施設となっています。

panasonic

大阪市内からだと自転車で1時間ほど、京阪電車なら西三荘駅から歩いてすぐの場所にあります。
施設は1968年開設のようですが、改装されていて分かりやすく落ち着いた雰囲気になっています。

コロナで密になるを懸念していましたが
私が伺ったのは平日だったので、ほとんど来場者はいませんでした。

 

panasonic muse

 

松下幸之助は和歌山に生まれ、わずか9歳で大阪・心斎橋の八幡筋にあった宮田火鉢店に丁稚奉公に出されます。しかし、勤め始めて数ヶ月で火鉢店は廃業となり、幸之助少年は船場にあった五代自転車店で商売のいろはを叩き込まれることになります。

 

godai matsushita

 

23歳になった幸之助は、親戚縁者の井植歳男と共に電気器具の製作所を立ち上げ、事業を軌道に乗せます。井植は後に三洋電機を立ち上げ、良きライバルとなり共に大きな企業へと成長しています。

 

公園の水道水を飲んでも誰にも咎められない

 

幸之助は「産業人の使命は貧乏の克服である」とし、その為には物資の潤沢な供給により、消費者の手に安定的に良質なものを提供し豊かな社会を創造するべきだと考えます。この経営思想は「水道哲学」といわれ、以降の日本的経営の規範となっていきます。

話は逸れますがサイクルショップ203が「スポーツ自転車の大衆化」を標榜しているのも、この水道哲学が大きく影響しています。多くの人がスポーツ自転車を活用することで、豊かな自転車社会ができるのではないかという考えです。

 

panasonic light

 

元号が昭和に変わり、幸之助も32歳になったとき、少年期の丁稚時代の自転車店での思い出が蘇ってきます。

自転車用のコンパクトなランプを作り、これを国民の必需品にしようと商品名を「ナショナルランプ」と命名します。この商品が1年間に3万個のヒット商品となり「ナショナル」が電池式ライトの代名詞となります。

 

matsushita national

 

手持ち式だった「ナショナルランプ」は、ハンドルを両手で操舵できるように砲弾型にし、タイヤの上部に取り付けれるように砲弾型ヘッドライトとして実用新案を出願、30時間以上も使用し続けることができる電池式ライトは、従来のろうそく式や石油ランプを駆逐し、ナショナルの販売代理店は全国へとさらに拡大しています。

 

houdan light

 

その後、日本は大きな戦争を経験し、敗戦からの復興を目指します。
軍事産業であった三菱や片倉工業は、平和産業である自転車生産に転業、
自転車の大きな需要に商機をみた幸之助は、追随するように自転車の製造にとりかかります。

 

自分には自分に与えられたがある。
天与の尊いがある。

 

松下電器はすでに大きな企業となっていましたが、幸之助の自転車にかける情熱は特別なものがあったようです。1987年にはスポーツ自転車「POS」の生産を開始、軍事産業からの転換企業の撤退が相次ぐなかで、自転車は米国にも輸出され高く評価されます。

米国輸出するにあたって、Nationalの商標を変更せざるを得なかったためPanasonicという名称を使用します。この時、後に社名になるとは誰が予想したでしょうか。

 

panasonic electricbike

 

96年には家電製造で培った充電電池技術を生かし電動アシスト自転車「陽のあたる坂道」を発売。自転車は主婦層を中心に人気を博し「ママチャリ」という日本の独特の自転車文化が大発展していきます。ママチャリは日本人の土俗的な乗り物ようにも思えますが、1960年代半ばまでは不妊になると敬遠され、自転車は基本的に男性の乗り物で、世界的に見ても日本のように利用者の男女比が半々の国は稀な存在なのです。国内にて自転車が欧米の半値ほどで購入できるのも、ひょっとすると「水道哲学」の賜物なのかもしれません。

 

kounosuke matsushita

1989年「経営の神様」といわれた幸之助は、94歳でその生涯をとじます。

 

国民に明るい「道」を示したナショナルが「仏壇の灯」状態に

2001年にはPanasonicは電器部門の経営不振から傘下の自転車企業「宮田工業」を売却、08年には自転車タイヤ部門「パナレーサー」を中国企業に売却、自転車の製造も電動アシスト車に集中することでさらなる合理化をはかります。残念ながら、弊社との契約もこの時期をもって終了となりました。

自動掃除ロボットの開発技術力はあるが、
仏壇のろうそくが倒れて火事になるため商品化しない

私は家電業界のことはあまり詳しくありませんが、今もなおPanasonicが日本を代表するような超一流企業であることは間違いと思っています。ただ、もうナショナリストではありませんよとばかりにナショナルの看板を外し中国企業に事業を売却し目先の利益を得たり、祖業をないがしろにする姿勢は、聊かここでみたような翁の思いとは違うのではないかと思えてなりません。高い技術力を示したPanasonicが、自動掃除ロボットの開発に大きな遅れをとり、それがあたかも日本社会の問題であるといったこんな開発秘話は全く聞きたくはないものです。

kounosuke

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注目の競技「アワーレコード」とは

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23日に伊豆ベロドロームにて、日本初のアワーレコードのイベントが開催され、ブリヂストン所属の今村駿介選手が52.468kmという記録を打ち立てました。

アワーレコードとは、自転車で1時間で何キロ走れるかといった単純な競技です。トラック種目のひとつですが、盛んにおこなわれている種目ではなく、五輪や世界選手権にも採用されていない、どちらかというとマイナーな競技です。野球に例えると「オールスターのホームラン競争」のような見世物的要素が強く、今回も伊豆ベロドロームの改修工事の終了に合わせて開催されたようです。

この競技は強靭な体力と精神力が必要とされ、バンクを1時間単独で占拠することから、誰でも挑戦できる訳ではなく、参加は記録更新の期待ができるトップ選手に限られます。有名選手が引退が近くなって行うケースが多く、若手の今村選手の抜擢は相当プレッシャーがかかったと想像できます。

結果は残念ながら、記録更新とはなりませんでしたが、52.468kmという好記録(暫定 日本記録)を打ち立てました。

世界記録はビクトール・カンペナールツというNTT所属のベルギーの選手が2019年4月にメキシコで記録した55.089kmというものらしいのですが、恥ずかしながら私は今村選手の今回の挑戦の記事で初めてそのことを知りました。ツールドフランスや五輪で活躍したブラッドリー・ウィギンズ選手が15年に記録を更新したのは、なんとなく記憶にありましたが、競技が不定期で開催されるため、その後に記録更新があったことは初耳でした。

 

アワーレコードの歴史

記録を調べてみると、アワーレコードは1893年にフランス・バッファローで始まり、アンドリュー・デグランジェという選手が35.325mという記録を残しています。その後、記録は更新され1942年にはイタリアの英雄ファウスト・コッピ選手が45.848mを記録、構造上記録が出やすいミラノのビゴレリ競技場は「魔法のトラック」といわれ聖地とされました。残念ながら老朽化のため72年に解体されたようですが、数多くの記録を残しました。

1968年にはメキシコで五輪が開催され、同年にデンマークの選手が新記録を樹立、メキシコは記録が出やすいとされ、スーパースターのエディ・メルクスがついに挑戦することとなります。

 

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 メキシコでのメルクス選手の挑戦をつたえる1972年 仏「LE CYCLE」誌  (サイクルショップ203所蔵)

 

 

ツールドフランスやジロデイタリアなどそれぞれ5回ずつ制覇、最強の自転車競技選手エディ・メルクスは大勢の観客が見守るなか、1972年10月11日、メキシコのオリンピック競技場にて49.408mの新記録を打ち立てました。メルクスの使用していた「コルナゴ」というメーカーは、これを機に日本でも知られるようになりました。

 

 

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エルネスト・コルナゴ氏㊧とメルクス選手㊨「ニューサイクリング」1973年1月号より (サイクルショップ203所蔵)

 

その後、フランチェスコ・モゼール選手などメルクスの記録を破る選手も現れましたが、この競技には致命的な欠陥がありました。それは競技に使用される自転車に明確な規定が制定されていないことでした。モゼールが使用した自転車は空気抵抗を軽減したファニーバイクを使用していました。また、ジャック・アンクティル選手は記録達成時のドーピング検査を拒否するなど記録を公認していいのか判断が難しいケースもあったようです。

 

 

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▲ 自転車博物館所蔵のモゼールの自転車 2017年筆者撮影(展示車はトラック用ではなくロード車)

 

 

2000年、シドニー五輪を機に自転車トラック競技は大改革が断行されます。

これによりトラック競技は、雨天や強風の影響がある屋外での競技から、板張りの250mの室内競技へとルールが厳格化され、アワーレコードも以後、屋内で開催される種目へと生まれ変わります。
使用する自転車も1972年のエディ・メルクス選手の記録更新時の乗車ポジションを基準とし、モゼール選手らの記録は非公式記録とされてしまいました。

 

 

1h
アワーレコードの記録 [第二次世界大戦以降](筆者調べ)

 

 

 

今村選手の記録は2015年に更新されたローハン・デニス選手の記録52.491kmに迫る記録です。過去の記録をさかのぼると、アンクティル選手はじめ複数回挑戦し自己記録を更新している選手もいるようですので、是非、今村選手には再チャレンジをして記録を更新して欲しいですね。

 
cycling stars
アンクティル、メルクス選手がパッケージになっているイギリスのトランプ(サイクルショップ203所蔵)

 

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自転車博物館 特別展示「アメリカ自転車展」をみてきました

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自転車部品メーカーシマノが篤志で運営している自転車博物館 サイクルセンターで開催されている「アメリカ自転車展」を見に行ってきました。イタリア(2017)→フランス(2018)ときて今年はアメリカです。

 

american cycles

 

アメリカン自転車展 展示車
① クレセント 「女性用自転車」1903年
② チリオン「木製自転車」1910年
③ シュウイン「ライトウエイト」1970年
④ シュウイン「コットンピッカー」1970年
⑤ シュウイン「パラマウント」1972年
⑥ サイドバイサイド1975年
⑦ シュウイン「クルーザー サーカ」1978年
⑧ ブリーザー「マウンテンバイク」1978年
⑨ スペシャライズド「スタンプジャンパー」1981年
⑩ トレック「ロードバイク USポスタル」2003年
⑪ フリーエージェント「BMX」2008年

【常設車】トレック「ツール・ド・フランス準優勝車」2011年
【常設車】ハフィー「ジロ・デ・イタリア優勝車」1988年

 

 


展示車の一部を紹介いたします。

 

① クレセント
・米国では1880年代から女性が自転車に乗る機会が増加。チェーンケースやドレスガードなど日本のママチャリに似た仕様の女性用自転車。

clesent

clesent cycle  crecent cycle

 

 

 

④ シュウイン 「コットンピッカー」
・1960年代、米国の子供の間で「ハイライザー」ハンドルブームが起き、バナナサドル・スティックシフターを備えたシュウインの自転車が増産された。

schwinn cottonpicker

schwinn stingray  schwinn cottonpicker 1970

 

 

 

⑦ シュウイン「クルーザー サーカ」
・世界に類を見ないアメリカらしいクルーザータイプの自転車。
schwinn curseir  schwinn curseir 1978

 

 

 

⑧ ブリーザー「マウンテンバイク」
・世界で最初のマウンテンバイク。カリフォルニアでジョー・ブリーズによって10台製作されたうちの1台が展示されている
breezer   joe breeze

 

 

 

⑨スペシャライズド「スタンプジャンパー」
・世界初の大量生産のマウンテンバイク。日本製。
specialized stumpjumper  specialized stumpjumper

 

 

【常設展示車】トレック ツール・ド・フランス準優勝車
・2011年米国のチーム所属のアンディ・シュレックがマイヨ・ジョーヌを獲得
trek AndySchlec

 

 

 

【常設展示車】ジロ・デ・イタリア 優勝車
・1988年 米国人のアンディ・ハンプステン選手が使用したモデル

hufffy bike

 

 

特別展は、2019年12月末まで開催されます。

 


 

|| 自転車博物館 サイクルセンター

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住所:大阪府堺市堺区大仙中町165-6 大仙公園内
運営:財団法人 シマノサイクル開発センター
アクセス:JR百舌鳥駅 徒歩10分
営業:10:00-16:30 (月曜閉館)
料金:一般 200円 (団体・学生・障がい者・高齢者割引有)

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