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2022年10月26日に全国初となる「大阪府ギャンブル等依存症対策基本条例」が成立しました。ご存じの通り、大阪府・市はIRの此花区の人工島「夢洲」にて、万博終了後にカジノ施設の開業を計画しています。同条例はギャンブル依存症への対策や理解を広げる狙いがあり、依存症患者と家族を支援する拠点整備や対策に必要な財政措置を府に求める内容を盛り込んでいます。

同条例では、公営競技やパチンコ等は楽しみをもたらす一方で、のめり込むことでギャンブル等依存症に陥る府民も少なくないとしています。さらに、ギャンブル等依存症は多重債務や失業といった経済的問題を引き起こし、日常生活や社会活動に支障を生じさせ貧困、虐待、自殺、犯罪など重大な社会的問題を引き起こし、海外オンラインカジノの増加で深刻化する傾向を指摘、依存者や家族が安心して相談や治療を受け社会復帰することを目的としています。

政府は2018年に「ギャンブル等依存症対策基本法」を施行、各都道府県に推進計画を策定する努力義務を課していましたが、府は新条例に基づいて「大阪府ギャンブル等依存症対策推進会議」を設置し、2023年3月までに「ギャンブル等依存症対策推進計画」を策定、財源を確保のための基金の新設など専門家や現場の声を取り入れながら対策を進める計画となっています。

 

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全国初のギャンブル依存症対策条例が成立   朝日新聞 大阪版 10月27日 夕刊

 

条例にもある「公営競技」とは公的機関が開催する賭博で、現在では競輪・ボートレース・地方競馬・オートレース・中央競馬が97施設で合法的に実施されています。施設の運営は自治体や団体が管理、大阪府下には岸和田市「岸和田競輪場」と箕面市などが競走を主催する「住之江競艇場」が所在していますが、府営施設は廃止され、現在は一施設もありせん。京都府は「向日町競輪場」、奈良県は「奈良競輪場」、和歌山県には「和歌山競輪場」と基本的には都道府県が運営する施設があり競走を開催していますが、大阪府は公営競技を実施していません。

2016年に成立した「自転車活用推進法」では14の基本方針が示され、駐輪場や自転車専用道路の整備などと同様に「自転車競技のための施設の整備」(第二章 第八条 四)という責務が地方公共団体に課されていて、さらに「住民の理解を深め、かつ、その協力を得るように努めなければならない」(第一章 第四条)としています。府はカジノ施設の開業と並行して、競輪場の設置も計画しなければならない状況なのです。

 

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奈良市にある「奈良県営競輪場」 2021年3月撮影

 

現存する競輪場のほとんどは1948~53年の5年間に設置された施設で老朽化が進んでいます。建替えや改装をして新しくなっている施設もありますが、公営の全く新しい競輪場は70年誕生しておらず、ほとんどの施設は時代に取り残された昭和の雰囲気を残しています。

 

 

<戦後の大阪府下の公営競技場>

住之江競艇場 [1956年-] 箕面市など主催
住之江競輪場 [1948-1964年] 政治的判断で休止
大阪中央競輪場 [1950-1962年] 政治的判断で廃止
豊中競輪場 [1950-1956年] 政治的判断で休止
岸和田競輪場 [1951年-] 岸和田市主催
大阪競馬場 [1948-1959年] 政治的判断で廃止
春木競馬場 [1929-1974年] 売上低迷により廃止
長居オートレース場 [1951-1952年] 売上低迷により廃止

 

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老朽化が激しい競輪場の施設   奈良競輪場2021年撮影

 

 

競輪が始まった1948年はまだ連合軍占領下で戦禍の瓦礫が累々と取り残され、電力や食糧の確保もままならない社会情勢で競輪は空襲された都市を中心に復興目的で開催されました。48年に小倉(北九州)と大阪住之江の2ヶ所、翌年には東京・神戸・京都・和歌山・西宮・鳴尾(甲子園)など19施設、5年間で全国に63競輪場が突貫工事で建設され熱狂的な人気となりました。戦後の奇跡的な経済復興には、このような大規模な公共投資による財政政策あった史実はあまり知られていませんが、競輪の収益金はその後の高度経済成長期におけるニュータウン建設や大阪万博、また公衆衛生や社会福祉事業などの都市基盤整備の貴重な財源として大きな役割を果たしました。競輪の大成功を受けてその後にモーターボート競走と中央競馬が各地で開催されるようになり、日本は米国に次ぐ経済大国へと成長しました。

一方で、公営競技は様々な問題を引き起こし、その存廃を巡って議論されてきました。特に、競輪が始まった48年から破壊活動防止法が成立するまでの5年間は、売上金狙った放火略奪事件が競輪場で相次いで発生、なかでも50年に兵庫県の鳴尾競輪場で発生した大暴動「鳴尾事件」は、観衆1万人のうちおよそ半数の5000名が騒動に加わり、警察や米軍憲兵が鎮圧にあたる事態となり、死者1名、250名の逮捕者を出し、影響を受けて開催自治体の鳴尾村は廃村となってしまいます。

 

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鳴尾競輪場で発生した大暴動「鳴尾事件」 1950年9月

 

このような状況に日本共産党を中心に公営競技廃止論が高まりはじめ各地で革新首長が誕生、1975年4月の東京都知事選は都営ギャンブルの存廃を争点に廃止論者のマルクス経済学者・美濃部亮吉とそれに真っ向反対する石原慎太郎が激突、石原が敗北し後楽園競輪が廃止される事態となります。大阪・京都市でも共産党が支持する候補者が当選、財政的な視点ではなく首長の政治的なイデオロギーにより撤退が相次ぎました。

(石原と公営ギャンブルについては昨年7月に追悼のブログを投稿していますので、そちらをご参照ください)【追悼】石原慎太郎の屈辱と野望「新しい競輪」 [2022年7月7日投稿]

 

このように公営競技は合法ながらも政治思想によって運営が制限され、開催日を土日祝に限定する「ギャンブルホリデー」(1963~84年)や公営競技場の新設を推奨しない「長沼答申」(1961年)などの方向性がしめされました。ただ、ギャンブル熱がそれで収まったかというとそうではなく「長沼答申」が出された同年に大阪府警OBの水沼年得はパチンコの換金を仲介業者で行う「三店方式(大阪方式)」を考案、それまで出玉を景品に交換していた遊戯は金銭に交換可能なギャンブルとて大流行し現在に至っています。

パチンコは効果音やパターン点滅を採用した射幸心を煽る遊技台を各メーカーが開発、パチンコホールも休催日もほぼなく毎日営業するため非常に依存性が高くなります。精神科医の帚木蓬生(ははきぎ・ほうせい)氏が、2005年から2年かけておこなった依存者の嗜癖調査では、患者100人中96人がパチンコ・パチスロを嗜好し、競輪は100人中たった1人、サイコロ賭博や花札よりも少ないという実態が報告されています。

新条例ではパチンコと公営競技の依存を同じように定義していますが両者は性質が異なり、公営競技は「反対する声」を真摯に受け止め、行政と一体となり改善を重ね、現在では適正円滑に遂行され依存症対策の規範となっています。27日付の朝日新聞(大阪版 夕刊1面)では、薬物依存者の対談を掲載し新条例成立を掲載していますが、本当にリテラシーがなく誤解を招く報道姿勢だと思います。

 

 

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競輪は日本生まれの世界スポーツ「KEIRIN」として2000年のシドニー五輪からオリンピックの正式種目にもなっています。その際、同時に競技規則が屋内型の250m板張り走路と厳格化されたのですが、日本国内にはこの国際基準の施設がなく、ほとんどの施設が賞味期限切れとなっています。新ルールになり20年以上が経過、欧州各国・米国・カナダ・豪州などの先進国は公認ベロドロームを設置、中国・ロシア・香港・インド・イスラエル・コロンビア・トルクメニスタン・マレーシアなどでも国際大会が実施されています。母国としては一刻も早く施設の整備を進めたいのですが、なかなか理解が深まらず各基礎自治体から具体案がでてきません。

 

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外国語案内がない公営施設「小松島競輪場」 2021年8月撮影

 

条例成立は府民一人ひとりがギャンブルについて考えるきっかけとなる一里塚で、この先、公営競技をどのような展望があるのかといった大綱や具体的に府営競輪場をどこに設置すると経済効果があがるのかといったシミュレーションなどが議論のテーブルに上がれば、より高いレベルの地方自治が実現できると思います。

本ブログでは2025年に此花区の人工島「舞洲」で開催される関西万博のパビリオンをスポーツアリーナとして再活用し、カジノ施設に訪れた海外のギャンブル好きの観光客の方に本場の競輪を体感していただくことで、文化やスポーツ・レジャーとして魅力的な相乗効果があるのではないかと考えています。

舞洲の成功がドミノのように各自治体に広がり、停滞する日本経済に神武の再来となる好況が期待できると思います。パチンコホールは全国で8000施設ありますが競輪場は42施設、本来は適材適所に設置すべき公営施設は政治的な対立を経て、忘れ去れた存在となっています。石原亡き今、声を上げる者もなくなり、日本は母国の輝きを失いつつあります。